甲府市: 甲斐善光寺

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概要・歴史・観光・見所
甲斐善光寺(甲府市)概要: 定額山甲斐善光寺は山梨県甲府市善光寺3丁目に境内を構えてる浄土宗の寺院です。甲斐善光寺の創建は永禄元年(1558)、武田信玄が川中島の戦いの兵火を避ける為、信州善光寺(長野県長野市)から御本尊善光寺如来をはじめ、仏像、寺宝、記録、僧侶など一山全てを甲府に移したのが始まりと伝えられています(上杉謙信も春日山城(新潟県上越市)の城下に本尊を遷しています。)。境内は善光寺建立の大檀那本田善光を埋葬した聖地とし、7年の歳月をかけ本坊三院十五庵三坊を建立、武田信玄自ら開基となり信濃善光寺大本願第三十七世智冠鏡空上人が開山しています。甲斐善光寺は武田家の庇護の元、寺運が隆盛しますが、天正10年(1582)に織田信長の甲斐侵攻により武田家が滅亡、御本尊善光寺如来は織田氏に渡り、さらに本能寺の変で信長が倒れると徳川家康に、一端甲斐善光寺に戻されますが豊臣秀吉元に渡り、秀吉が死去すると遺言により信州善光寺に戻されました。甲斐善光寺では前立仏を本尊として再編、徳川家の祈願所となった為、大伽藍を有する大寺院としての格式を維持し浄土宗甲州触頭を勤めるなど寺運は隆盛します。宝暦4年(1754)、大火により多くの堂宇が焼失しましたが癡誉寿看上人・性誉霊海上人らが再建に尽力し40年かけて境内の整備が行われました。

現在の本堂がその当時のもので寛政8年(1796)に竣工、建築面積約700uは東日本最大の木造建築とされ、単層裳階付二重の撞木造、銅板葺、軒唐破風檜皮葺、桁行23.6m、梁間38.0m、内部に安置されてる建築厨子と棟札と共に昭和30年(1955)に国指定重要文化財に指定されています。甲斐善光寺の山門は明和4年(1767)に建てられたもので五間三戸、楼門形式、入母屋、銅板葺、2層目には高欄が廻り内部には仏壇が置かれ、1層目の両側には仁王像が安置、建物の木部は本堂と同様に朱色で彩色、江戸時代中期に建てられた大型楼門建築として貴重な事から昭和30年(1955)に国指定重要文化財に指定されています。甲斐百八霊場第1番札所。山号:定額山。院号:浄智院。宗派:浄土宗。本尊:善光寺如来。

甲斐善光寺の文化財
・ 甲斐善光寺本堂−寛政8年−国指定重要文化財
・ 甲斐善光寺山門−明和4年−国指定重要文化財
・ 銅造阿弥陀如来及脇侍立像(三躯)−建久6年−国指定重要文化財
・ 木造阿弥陀如来及両脇侍像(三躯)−12世紀前期−国指定重要文化財
・ 木造阿弥陀如来及両脇侍像(三躯)−12世紀後期−国指定重要文化財
・ 木造源頼朝座像(一躯)−文保3年−山梨県指定有形文化財
・ 絹本著色浄土曼荼羅図(一幅)−鎌倉時代−山梨県指定有形文化財
・ 甲斐善光寺銅鐘(一口)−正和2年−山梨県指定有形文化財
・ 木造法然上人座像(一躯)−鎌倉時代末期−甲府市指定文化財
・ 木造蓮生法師座像(一躯)−鎌倉時代末期−甲府市指定文化財
・ 木造玄和居士座像(一躯)−鎌倉時代−甲府市指定文化財
・ 木造本田善光坐像(一躯)−甲府市指定文化財
・ 木造本田善光夫人坐像(一躯)−室町時代−甲府市指定文化財
・ 麻布朱地著色地蔵十王図(一幅)-万歴17年(朝鮮)-甲府市指定文化財
・ 加藤光泰の墓(一基)−甲府市指定史跡

甲斐善光寺:写真

甲斐善光寺
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