仁勝寺(甲府市)概要: 鳳堂山仁勝寺は山梨県甲府市小瀬町に境内を構えている臨済宗向嶽寺派の寺院です。仁勝寺の創建は室町時代に武田右馬助信長(武田信満の次男)が開基となり一音西堂禅師によって開山されたと伝わる寺院です。
伝承によると本尊である木造聖徳太子立像は、甲斐源氏の祖とされる新羅三郎義光が勧請したもので、その後裔である武田家が代々奉斎し躑躅ヶ崎館(武田氏館)内に安置されていましたが、天正10年(1582)に武田勝頼が織田・徳川軍の侵攻により戦線維持が不可能となり家臣である小山田信茂の居城である岩殿城に退避しようとした際、中沢信忠に隠すように命じ、信忠は自領である小瀬村に境内を構えていた仁勝寺の本尊にしたと伝えられています。
案内板によると「 仁勝寺は、臨済宗の寺で、室町時代に甲斐の守護武田信満の2男信長によって開かれた。本尊の聖徳太子16才の像は、鎌倉時代に盛んになった太子信仰の所産で、法身に7条の袈裟をまとった入仏の姿をあらわしている。木造は、桧材の寄木造で、彩色が施されている。多少の損傷はあるが、修補のための改変もなく、よく鎌倉時代の作風を伝える名作である。 像高1.5メートル 山梨県教育委員会 甲府市教育委員会 」とあります。
仁勝寺山門は切妻、桟瓦葺き、一間一戸、薬医門。本堂は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、妻入り、間口3間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、正面左右には花頭窓付。仁勝寺本尊である木造聖徳太子立像は昭和4年(1929)に国指定重要文化財に指定されています。山号:鳳堂山。宗派:臨済宗向嶽寺派。本尊:聖徳太子。
仁勝寺:上空画像
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