大蔵経寺

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概要・歴史・観光・見所

大蔵経寺(笛吹市)概要: 松本山大蔵経寺は山梨県笛吹市石和町松本大蔵経寺境内に建立されているかっこいい銅製香炉に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。大蔵経寺の創建は奈良時代の養老年間(717〜724年)、行基菩薩が開いたのが始まりと伝えられています。当初は松本寺と称しましたが、応安3年(1370)、当時の甲斐守護職武田信成が堂宇を再建し観道上人(足利義満の庶子)を招いて中興開山し現在の寺号である大蔵経寺に改称しています。

安土桃山時代の天正年間(1573〜1592年)、徳川家康が領主になると祈願所として庇護され、さらに江戸時代に入ると29石5斗9升の朱印状を賜わり寺領が安堵されます。甲府城の城代は徳川家の代参として毎月17日に武運長久の祈願を行い、新義真言宗檀林7ヶ寺の1つにも数えられました。甲斐百八霊場第三番札所。石和温泉郷七福神:(寿老人)。山号:松本山。宗派:真言宗智山派。本尊:不動明王。

大蔵経寺の文化財
・ 絹本著色仏涅槃図−室町時代−国指定重要文化財
・ 絹本著色両頭愛染明王像−南北朝時代−山梨県指定文化財
・ 絹本著色不動明王二童子座像−南北朝時代−山梨県指定文化財
・ 絹本著色不動明王二童子立像−南北朝時代−山梨県指定文化財
・ 絹本著色騎獅不動明王八大童子像−南北朝時代−山梨県指定文化財
・ 絹本著色高野四社明神像−室町時代−笛吹市指定文化財
・ 絹本著色愛染明王像(2点)−室町時代−笛吹市指定文化財
・ 絹本著色真言八祖図−室町時代−笛吹市指定文化財
・ 紙本墨摺手彩色両界曼荼羅−室町時代−笛吹市指定文化財
・ 絹本著色弘法大師像−室町時代−笛吹市指定文化財

【 ポイント 】大蔵経寺の境内背後の大蔵経寺山に連なる菩提山や御神体山(御室山)は古代から霊山として信仰の対象となっていた山です。時代が下がり仏教が当地にも伝来すると、今まで自然崇拝的な民俗信仰と仏教が混交し菩提山長谷寺が開創されたのではないかと思います。実際に行基菩薩が開山したのかは判りませんが、当時、仏教界で行基菩薩は象徴的な存在で、全国各地の寺院では開山者として行基が掲げられ、権威付けになったのかも知れません。最盛期の長谷寺の山内には千坊と呼ばれる程、数多くの坊堂が軒を連ねていたようで、大蔵経寺は松本寺と呼ばれ、その本坊だったようです。当時の境内地と推察される彌勒平には多くの堂舎跡や三重塔跡などが残り、当時の繁栄ぶりが窺えます。

【 参考:サイト 】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
公式ホームページ

大蔵経寺:境内・本堂・写真

大蔵経寺境内に設けられた長屋門形式の山門
[ 付近地図: 山梨県笛吹市 ]・[ 笛吹市:歴史・観光・見所 ]
大蔵経寺の寺門と大型石燈籠と石碑、境内背後に控える深い山々の緑を撮影した画像 大蔵経寺参道の石燈籠と中央の香炉、その奥に見える清々しい本堂 大蔵経寺の僧侶達が生活する庫裏 大蔵経寺の長い歴史を刻む鐘楼と梵鐘


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