石和宿本陣(笛吹市)概要: 本陣とは大名や幕府の役人など身分が高い人物が宿泊や休息で利用する公共の施設で、特に宿場内の実力者がその任を担いました。施設の意匠も細かく決められ、表門や式台付玄関、上段の間などが設けられました。甲州街道は江戸城と支城である甲府城を結ぶ軍事道としての意味合いが強かった事から、高遠藩、飯田藩、高島藩(諏訪藩)の3藩しか参勤交代での利用が認められておらず、石和宿本陣である後藤家は高遠藩の定宿となっていたようです。
石和宿本陣の跡地(駐車場)に設置された案内板によると「 宝暦11年(1761)信州高遠城主内藤大和守が参勤交代のため、初めて本道中を通行することになり、石和宿仲町の後藤甚兵衛に本陣を命じたことがはじめといわれる。以来子孫が継承して明治に至った。明治以降も旅篭として利用したが、明治13年(1880)6月7日の石和の大火により焼失し、現在はわずかに土蔵1棟と諸大名通行の書状および古記録文書等が残っていてる。」とあります。石和宿本陣跡は貴重な事から笛吹市指定史跡に指定されています。
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