栖雲寺

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概要・歴史・観光・見所
栖雲寺(甲州市)概要: 天目山栖雲寺は山梨県甲州市大和町木賊に境内を構えている臨済宗建長寺派の寺院です。栖雲寺の創建は貞和4年(1348)、武田家が業海本浄を招いて開かれました。業海本浄は文保2年(1318)に中国(当時は元)の天目山で中峯普応国師の下修行を重ね帰国、その後、武田家に招聘され、霊地である当地を中国の天目山に見立てて山号とし天目山護国禅寺を開山しています。その後は武田家の庇護により寺運も隆盛し、瑞巌山高源寺(兵庫県丹波市)と共に「東天目」「西天目」と並び称されました。

応永24年(1417)、前関東管領上杉禅秀が足利持氏(鎌倉公方)に対して反乱(上杉禅秀の乱)を起こし、武田信満(甲斐守護職)もそれに呼応、しかし幕府の追討軍により掃討され信満も甲斐まで追い詰められて「梓弓ひきそめし身のそのままに五十あまりの夢やさまさん」の辞世の句を残して天目山で自害、遺骸は栖雲寺に境内に葬られ後に信満の墓碑である宝篋印塔(高さ1m3cm・法名:明庵道光)と家臣の墓碑(宝篋印塔22基、五輪塔6基、破損し形状が不詳のもの数基)が建立されています。

戦国時代になると武田信玄が庇護し、信玄縁の品々(軍旗・軍配・陣中鏡)が奉納され現在の寺宝として伝わっています。天正10年(1582)、織田信長と徳川家康が甲斐に侵攻、武田軍は総崩れとなり大規模な組織的抵抗も出来ず敗走、武田勝頼は最後の地として武田家縁の天目山を目指しましたが、織田家家臣の滝川一益に追いつかれ、最後の望みもかなわず田野で自害、栖雲寺も織田勢の兵火により多くの堂宇が焼失しました。

武田家が滅んだ事で栖雲寺は庇護者を失い一時衰退しましたが、同年、信長が本能寺の変で自害すると新たに甲斐領主となった徳川家康が再興し、寺領3石の安堵と禁制を発給しています。江戸時代に入ると幕府から庇護され寛永20年(1643)には3代将軍徳川家光から寺領20石の朱印状を賜わっています。その後、建長寺末山の四大柱寺の一つに列するなど寺運を持ち直しましたが、明治時代になると再び衰退し、大正時代には無住となっています。

栖雲寺は寺宝が多く普応国師坐像(文和2年:1353年、仏師法眼院広と法橋院遵の彫像、桧材、寄木造、像高82.5cm、彩色仕上げ、玉眼、国指定重要文化財)や業海本浄和尚木像(文保2年:1318年、寄木造、座高61.0cm、彩色仕上げ、山梨県指定文化財)、釈迦如来坐像(仏師法眼院広と法橋院遵の彫像、山梨県指定文化財)などを所有し、境内裏側には禅僧達が荒行で利用していた石庭(山梨県指定名勝)やそこに刻まれた地蔵菩薩磨崖仏(山梨県指定文化財)、文殊菩薩磨崖仏(山梨県指定文化財)などがあります。

栖雲寺本堂は、江戸時代に建てられたもので、木造平屋建て、入母屋、鉄板瓦棒葺き、平入、桁行7間、張間6間、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、当時の寺院本堂建築の遺構として貴重な事から平成9年(1997)に甲州市指定文化財に指定されています。栖雲寺庫裏は、江戸時代に建てられたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行8間、張間5間、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、腰壁は下見板張り、当時の庫裏の遺構として貴重な事から平成7年(1995)に山梨県指定有形文化財に指定されています。甲斐百八霊場第20番札所。甲斐八十八ヶ所霊場第1番札所。山号:天目山。宗派:臨済宗建長寺派。本尊:釈迦如来。

【 栖雲寺菩提者:武田信満 】-武田信満は甲斐国守護職、甲斐武田家12代当主武田信春の嫡男として生まれ、応永20年(1413年)、信春の死去に伴い武田家当主を継いだと思われます。信満の娘は上杉氏憲(禅秀)に嫁いでいた事から、応永23年(1416)に発生した上杉禅秀の乱では禅秀方として行動し、当初は有利に展開していましたが、室町幕府4代将軍足利義持が敵対していた鎌倉公方の足利持氏を支持した事で形成が逆転し、応永24年(1417)に禅秀が鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)の境内で自刃に追い込まれ組織的な反乱は鎮圧されました。その後、禅秀に加担した諸氏の討伐が図られ、武田信満には上杉憲宗の軍が派兵され「都留郡十賊山」で自害したとされます。菩提は栖雲寺(山梨県甲州市)に葬られたとされ、栖雲寺の境内には信満のものと伝わる墓碑と、本堂には法名「棲雲寺殿明庵公大居士」が記された位牌が安置されています。

栖雲寺の文化財
・ 木造普応国師坐像−文和2年−国指定重要文化財
・ 木造業海本浄和尚坐像−山梨県指定有形文化財
・ 木造釈迦如来坐像−山梨県指定有形文化財
・ 地蔵菩薩磨崖仏−貞和4年−山梨県指定有形文化財
・ 文殊菩薩磨崖仏−文和2年−山梨県指定有形文化財
・ 棲雲寺宝篋印塔−文和2年−山梨県指定有形文化財
・ 棲雲寺開山宝篋印塔−文和元年−山梨県指定有形文化財
・ 棲雲寺庫裏(附諸普請作萬覚記録)−山梨県指定有形文化財
・ 棲雲寺銅鐘(甲斐5鐘)− 延文4年−山梨県指定有形文化財
・ 白紗地九条袈裟−山梨県指定有形文化財
・ 棲雲寺開山墓出土常滑甕−観応3年−山梨県指定有形文化財
棲雲寺庭園−山梨県指定名勝
・ 武田信満の墓−甲州市指定史跡
・ 虚空蔵菩薩像−甲州市指定文化財
・ 武田信玄公軍配−南蛮鉄製、長61.5p−甲州市指定文化財
・ 武田軍旗−総高177.5p、幅37.2p−甲州市指定文化財
・ 武田信玄公陣中鏡−真銀製、外径22.5p−甲州市指定文化財
・ 水晶大数珠−伝:信玄所用、全長62p−甲州市指定文化財
・ 兎の文鎮−伝:信玄所用、真鍮製−甲州市指定文化財
・ 武田二十四将画像−絹本着色、縦124.7p−甲州市指定文化財
・ 木造阿弥陀如来並びに両脇侍−鎌倉−桧材、寄木造−甲州市指定文化財
・ 水差し−伝:普応国師拝領、高15.0p−甲州市指定文化財
・ 妙智鏡−伝:普応国師拝領、径24.5p−甲州市指定文化財
・ 龍髭払子−甲州市指定文化財
・ 天目茶碗−口径13.0p、器高6.0p−甲州市指定文化財
・ 常滑大かめ−甲州市指定文化財
・ 業海筆版木−甲州市指定文化財
・ 七宝の香炉−総高13.7p、径7.1p−甲州市指定文化財
・ 業海のゆいげ−甲州市指定文化財
・ 天保年間の御札版木−甲州市指定文化財
・ 摩利支天の画像−宝暦6年−絹本着色、縦87.1p−甲州市指定文化財
・ 釈迦の涅槃図−明和7年−絹本着色、縦190p−甲州市指定文化財
山王神社本殿−甲州市指定文化財
・ 栖雲寺のシラカシ−樹高20.0m、幹周2.1m−甲州市指定文化財
・ 栖雲寺本堂−甲州市指定文化財

天目山栖雲寺:境内・庭園・写真

天目山栖雲寺本堂、右斜め前方
[ 付近地図: 山梨県甲州市 ]・[ 甲州市:歴史・観光・見所 ]
天目山栖雲寺の庫裏左側面 天目山栖雲寺の鐘楼(鐘撞堂) 天目山栖雲寺の梵鐘 天目山栖雲寺の「蕎麦切り発祥の地」の石碑
天目山栖雲寺の境内に設けられた武田信満の墓域の全景 天目山栖雲寺に建立された武田信満の墓碑 天目山栖雲寺に建立された宝篋印塔 天目山栖雲寺の聴松庵跡


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