熱那神社

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概要・歴史・観光・見所
熱那神社(北杜市)概要: 熱那神社は山梨県北杜市高根町村山西割に鎮座している神社です。熱那神社熱那神社の創建は不詳ですが熱那の庄(村山北割・村山東割・村山西割・箕輪・箕輪新町・堤・小池・蔵原・五町田)の総社で、延長5年(927)に編纂されている延喜式神名帳に記載されている式内社神部神社の論社になっています。創建当初は日本武尊の分霊が勧請祭祀され御神体として石剣が安置されていましたが、康平6年(1063)甲斐源氏の祖とされる新羅三郎義光が八幡三神である宇佐八幡大神(大分県宇佐市)の分霊(誉田別命・足仲彦命・気長足姫命)を勧請し崇敬社としました。

以来、甲斐源氏が庇護、社領の寄進や社殿の造営が行われ、武田氏が戦に出陣の際は戦勝祈願に訪れ、武田信玄も永禄年間(1558〜1570年)に社領百貫五百文を寄進しています。天正10年(1582)に武田氏が滅ぶと一時衰退しますが、遺領引き継いだ徳川家康が天正11年(1583)に朱印状7石7斗を安堵し江戸時代に入り幕府からは朱印状4石9斗を賜っています。古くから神仏習合していましたが、明治元年(1868)に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され明治5年(1872)に郷社に列し明治40年(1907)に神饌幣帛供進社に指定されています。

現在の熱那神社本殿は文政6年(1819)又は延享2年(1744)に再建されたもので三間社流造、桁行1間(3.08m)、梁間2間(1.99m)、銅板葺き(元桧皮葺き)、棟梁は下山村出身の遠藤常右衛門豊房、又は小和田村出身の小松七兵衛、社殿全体に精巧な彫刻が施されています。熱那神社本殿は江戸時代後期に建てられた神社本殿建築の遺構として貴重な存在で棟礼2枚と合わせて昭和62年(1987)に北杜市指定文化財に指定されています。神社山門(随神門)は切妻、銅板葺、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚単層門、外壁は真壁造り板張り。熱那神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、瓦葺、平入、桁行6間、梁間2間、正面1間向拝付、左右には斎館と神楽殿を結ぶ回廊付、内部には明治3年(1870)に熱那神社神主植松正尚と住民3人により奉納された算額(北杜市有形民俗文化財)が掲げられています。御祭神:誉田別命(応神天皇)、足仲彦命(仲哀天皇)、気長足姫命(神功皇后)。

熱那神社の文化財
・ 本殿(附:棟札2枚)−三間社流造、銅板葺−北杜市指定文化財 
・ 算額−明治3年−縦49p,横16p,奥行5p−北杜市有形民俗文化財
・ サクラ−樹高22.5m,根回り5.5m,目通り4.5m−北杜市指定天然記念物
・ 太々神楽−文化10年以前から−北杜市指定無形民俗文化財

熱那神社(本殿・神門):写真

熱那神社
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