清光寺

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概要・歴史・観光・見所
清光寺(北杜市)概要: 朝陽山清光寺は山梨県北杜市長坂町大八田に境内を構える曹洞宗の寺院です。清光寺の創建は仁平元年(1151)、甲斐源氏の祖、新羅三郎義光(河内源氏の2代目棟梁源頼義の3男)の孫、源清光(逸見黒源太清光)が甲斐国市河庄(山梨県西八代郡市川大門町)に配流となりその後、逸見地方まで勢力を広げ当地に開山したのが始まりと伝えられています。当初は天台宗の寺院で寺号は信立寺と号していましたが仁安3年(1168)清光が享年59歳で谷戸城で死去すると城の西側に葬られています。その後、境内に改葬されると菩提寺となり戒名「清光院殿玄源太公大居士」に因み現在の寺号である「清光寺」に改称されました。

清光寺はその後衰微しましたが文明7年(1475)、悦堂宗穆和尚(興因寺2世)が曹洞宗に改宗開山しています。戦国時代に入ると甲斐源氏の後裔とされる武田家から庇護され、天正3年(1575)に武田勝頼が発行した制札が残されています。その制札には寺領内での殺生や狼藉を禁止したもので、長篠の戦い後に発給された山梨県に残る勝頼最古のものとして貴重な事から、慶長8年(1603)、徳川四奉行が発給した制札と共に平成2年(1990)に北社市(旧長坂町)指定文化財に指定されています。

清光寺総門は享和元年(1801)に建立されたもので、高麗門、切妻、銅板葺、一間一戸、桁行5.24m、梁間3.89m、高さ10.18m、欅材、木鼻には獅子の彫刻、棟梁下山流石川七郎左衛門が手掛けたもので江戸時代後期の寺院山門建築の遺構として貴重な事から平成6年(1994)に北社市(旧長坂町)指定文化財に指定されています。清光寺本堂は木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行13間、梁間9間、外壁は真壁造白漆喰仕上げ。楼門は入母屋、銅板葺、三間一戸、下層部は龍宮門風の白漆喰仕上げで4方向に開口を持つ特異な形式、上層部には薬師瑠璃光如来が安置され瑠璃殿の別称があります。又、境内には源清光(中央)と新羅三郎義光(右側:久安3年:1147年の銘)の五輪塔が建立され昭和45年(1970)に北社市(旧長坂町)指定文化財に指定されています。甲斐七福神:布袋尊。宗派:曹洞宗。本尊:薬師如来。

清光寺(北杜市):写真

清光寺境内正面に設けられた立派な山門と石碑
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清光寺枝垂桜越に見える本堂 清光寺本堂左斜め前方から撮影した画像 清光寺山門は竜宮門形式の楼門で規模が大きいです 清光寺の開基者である源清光と祖である新羅三郎義光の供養塔
清光寺の源清光と祖である新羅三郎義光の供養塔のアップ 清光寺鐘楼と格式を感じる山門 清光寺境内にある源清光縁の馬蹄石 清光寺総門の扁額と獅子の彫刻


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