生出神社(都留市)概要: 生出神社は山梨県都留市四日市場一に鎮座している神社です。境内背後に控える標高701.4mの生出山は古代から信仰される霊山で、生出神社は山自体を御神体とする神社だったと思われます。
伝承によると大宝3年(703)に生出山の山頂が夜な夜な怪しく光る為、不思議に思った住民が確かめてみると、諏訪神の化身と思われる白髪の老人が出現し、山頂にある龍の形をした岩を御神体として諏訪神を奉斎すると当地の守護神になるであろうと告げ姿を消し、村人達と相談の後社殿を設けた伝えられています。又、一説には山頂に池があり、そこに巣食う白蛇が村まで降りて来て悪さをする為、諏訪明神を勧請しこれを鎮めたと伝えられています。
その後、延長7年(929)に山頂から分霊が四日市場・井倉・法能に勧請され、山頂を奥宮、村々の社を里宮としました。中世に入ると領主である小山田氏から崇敬庇護され、天文4年(1535)には社殿が造営されています。天正10年(1582)に小山田氏が没落すると、その後に領主となった徳川家家臣鳥居氏から庇護され元和元年(1615)には鳥居成次が社殿を造営しています。
寛永10年(1633)に秋元泰朝が谷村藩の藩主になると崇敬社になったようで、跡を継いだ秋元富朝は諏訪神社で子宝祈願を行い見事念願成就した事から「生出神社」に社号を改め特に篤く崇敬しました。
古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て郷社に列しています。祭神:建御名方命・八坂刀売命。
現在の本殿は明和5年(1768)に建てられたもので、一間社入母屋造、銅板葺(元茅葺)、正面に一間棟唐破風向拝が付いています。生出神社本殿は江戸時代中期に建てられた神社本殿建築の遺構として貴重な存在で甲斐国に属しながら、武蔵国と接していた為、逸早く江戸の技法を取りいれた建物としても貴重とされ昭和59年(1984)に都留市指定文化財に指定されています。
神楽堂は建物全体に優れた彫刻が施されたもので、台座奥行65.5cm、幅44cm、高さ133cm、神楽という民俗的歴史とも併せ持つ貴重なものとして昭和61年(1986)に都留市指定文化財に指定されています。例祭である「八朔祭り」は山梨県屈指の祭りとして多くの参拝客、観光客が訪れます。
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