亀沢の船石(甲斐市)概要: 案内板によると「 亀沢川の河岸段丘上に位置しており、周囲約55メートル、高さ8.3メートルの花崗岩の大岩塊で、土石流か火砕流によって上流部からはこばれてきたもと考えられています。江戸時代後半に編纂された「甲斐国志」にも記載があり、近くの船形神社(諏訪明神)の社名の由来になったといわれています。 甲斐市教育委員会」とあります。亀沢の船石は昭和48年(1973)に甲斐市指定天然記念物に指定されています。
船形神社の創建は霊亀元年(715)とされ、文徳天皇仁寿元年(851)に当時の甲斐守である小野朝臣貞村が社殿を造営、康平7年(1064)に新羅三郎義光朝臣が社殿を再建したと伝えられています。中世は甲斐守護職の武田家が庇護し、天正10年(1582)に武田家が没落し新たに徳川家が領主になると社領一石九斗余が安堵されています。
詳細は判りませんが、元々は「亀沢の船石」が自然崇拝の対象として信仰され、これを御神体とする船形神社が創建され、後年に諏訪神が勧請されたような印象を受けます。神門(神社山門)は切妻、桟瓦葺き、三間一戸、八脚単層門。拝殿は木造平屋建て、切妻、平入、桟瓦葺き。本殿は三間社流造、銅板葺き。社格:旧村社。祭神:建御名方命。
亀沢の船石:上空画像
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