本国寺

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概要・歴史・観光・見所
本国寺(身延町)概要: 長栄山本国寺は山梨県南巨摩郡身延町下山に境内を構えている日蓮宗の寺院です。案内板によると「 甲斐源氏・加賀美遠光の孫光重は建仁年間(1201〜04)下山に入部し下山小太郎光重と称した。光重の子・兵庫介光基は文応元(1260)年、館の傍に一寺を創し、平泉寺と称し弥陀を安置した。光基の子・次郎は入道し後に因幡房日永と称し比叡山修学のみぎり最連房と相知り、文永12(1275)年最連房上人が身延山へ参る途次、この館に一泊し、因幡房もともに身延山へ登った。ここにおいて弥陀を離れ、法華に帰した。しかし、父光基は「下山消息」を著して光基に寄せられた。これにより日蓮聖人の門下となって法重房日芳の名を賜わり、山号寺号の両号を現称に改めた。室町時代に入り応永25(1418)年の頃武田氏の一族穴山氏が河内に入部し、下山氏館跡に居館を構えた。当寺と穴山氏との関係は深く境内にある穴山八幡神社は穴山信君(梅雪1541〜1582)を祀っている。」とあります。

本国寺境内にある「お葉付きイチョウ」は弘安5年(1282)に日蓮聖人が本国寺に立ち寄った際に手植えしたと伝わるもので樹高約30m、幹周約6m、大変貴重な事から昭和4年(1929)に国指定天然記念物に指定されています。磬は南北朝時代の延元4年(1339)に制作されたもので、両面制孔雀文磬、上縁6孤、下縁5孤、胡桃式重便蓮華座、制作年が明確で意匠に優れ保存状態も良い事から昭和35年(1960)に山梨県指定有形文化財(工芸品)に指定されています。本国寺本堂向拝木鼻の唐獅子の彫刻は明治40年(1907)に下山大工の名工として知られる松木輝殷によって彫刻されたもので、昭和44年(1969)に見延町指定文化財に指定されています。

本国寺宮殿形厨子は天明年間(1781〜1788年)に下山大工の名工として知られる石川七郎左衛門によって制作されたもので身延町指定文化財に指定されています。匠家雛形増補初心伝は文化9年(1812)に石川七郎左衛門によって編纂されたもので身延町指定文化財に指定されています。山門は江戸時代後期の寛政9年(1797)に造営されたもので、切妻、桟瓦葺き、一間一戸、高麗門、棟梁は下山大工の名工竹下源蔵が手掛けています。山号:長栄山。宗派:日蓮宗。本尊:日蓮聖人奠定の大曼荼羅。

本国寺(身延町):写真

本国寺境内正面に設けられた格式の高い総門と石碑
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本国寺山門と吊り下げられた大型の提灯 本国寺本堂とその前に置かれた大香炉 本国寺植栽越に撮影された庫裏と書院 本国寺境内に生える大銀杏は迫力があります
本国寺石垣の上に建てられた鐘楼と梵鐘 本国寺茅葺屋根の小堂。どこかで見たような? 本国寺向拝木鼻に施された彫刻 本国寺廟所の前に置かれた廟所門


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