忍草浅間神社

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概要・歴史・観光・見所
忍草浅間神社(忍野村)概要: 忍草浅間神社は山梨県南都留郡忍野村忍草に鎮座している神社です。忍草浅間神社の創建は平安時代初期の大同2年(807)、富士山噴火の鎮護の為勧請されたのが始まりと伝えられています。鎌倉時代初期の文治2年(1186)に社殿を再建。建久4年(1193)には源頼朝が富士の巻狩りを行った際、武運長久を祈願し社領(鳥居崎鬼坂までを社領と定めた)の寄進や鳥居、仁王門の造営、金剛力士像の奉納したと伝えられています。その後の仁王門は和田小太郎義盛と畠山次カ重忠が寄進したもので、当初は鳥居峠に造営されましたが明治18年(1885)に現在地に寄棟、銅板葺、三間一戸、八脚単層門の随神門として移築改築されています。内部の金剛力士像(阿形:持国天像・吽形:増長天像)は建久4年(1193)に寄進された当時もので伝運慶作、像高9尺、桧材、寄木造、昭和43年(1968)に忍野村指定文化財に指定されています。古くから神仏習合していましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により形式上は仏式が廃され、残された仏教色が強いものは神式として名称変更が行われたと思われます。

忍草浅間神社の社宝である木造女神坐像(伝木花咲耶姫)、木造男神坐像(伝鷹飼)、木造男神坐像(伝犬飼)の3体は正和4年(1315)に丹後出身の仏師、石見坊諍観が製作したもので檜材、一木造、像高(伝木花咲耶姫像:40.5cm・伝鷹飼像:37.2cm・伝犬飼像:36.9cm)、鎌倉時代に作られた神像で製作年と、製作者が明確なことから貴重のものとされ国指定重要文化財に指定されています。

現在の忍草浅間神社本殿は慶長18年(1613)の棟札を持つもので三神殿三間社流造、檜皮葺、桁行2.5間(4.5m)、梁間2間(3.6m)、山梨県では他に見られない形式を継承するものとして貴重な事から忍野村指定文化財に指定されています(忍草浅間神社本殿は平成31年:2019年に拝殿兼覆い屋である雨屋拝殿と共に山梨県指定文化財に指定されています)。忍草浅間神社境内のイチイ群は全部で16株あり、幹周の最大ものは3.7m、幹周の最小のものは1.4m、樹高の最大のものは20m、樹高の最小のものは11m、これ程のイチイの巨樹が自生でまとまって生えているのは珍しく昭和35年(1960)に山梨県指定天然記念物に指定されています。ケヤキは樹高37m、根回り幹周約10m、枝張り東西23m、南北20m、忍野村指定天然記念物に指定されています。祭神は木花之咲耶姫命(浅間大神)。相殿は天津日高日子番能邇邇藝尊(愛鷹大神)、大山津見命(足柄大神)。

忍草浅間神社の文化財
・ 三神像−正和4年−国指定重要文化財
・ 忍草浅間神社のイチイ群−樹高11〜20m−山梨県指定天然記念物
・ 本殿と棟札−慶長18年−三間社、檜皮葺−山梨県指定文化財
・ 金剛力士像(2躯:運慶作伝)−建久4年−忍野村指定文化財
・ 神輿と記録(境内社:諏訪神社)−文政10年−忍野村指定文化財
・ 大鳥居額(「富士大権現」)−正徳3年−忍野村指定文化財
・ 大ケヤキ−樹高37m、根回10m−忍野村指定天然記念物

忍草浅間神社(本殿・境内):写真

忍草浅間神社
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