甲州市: 大善寺

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概要・歴史・観光・見所
大善寺(甲州市)概要: 柏尾山大善寺は山梨県甲州市勝沼町勝沼に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。大善寺の創建は養老2年(718)、行基菩薩がこの地で修行を行ったところ霊夢で葡萄を持った薬師如来が現れました。行基は霊地と悟り、現れた薬師如来像の姿を自ら刻み込むと本尊として開いたと伝えられています(この地に葡萄の栽培を伝えたのが行基菩薩とも云われています)。その後、聖武天皇から歴代朝廷の祈願所と定められ寺号を大善寺に改められると寺運が隆盛、その後一時衰退しますが安元2年(1176)、高倉天皇の勅命により平清盛が再興しています。鎌倉幕府からも庇護され正応4年(1291)には執権北条貞時が文永・弘安の役に勝利した礼に薬師堂(本堂)を建立しています。甲斐領主武田家からも庇護され、天文9年(1540)に本堂が暴風雨で倒壊すると、武田信玄が天文19年(1550)に修築、天正10年(1582)の織田信長の甲斐侵攻に際し、武田勝頼(躑躅ヶ崎館新府城の城主)が戦勝祈願を行っています。勝頼は天目山で再起を図ろうとしましたが家臣の離散が相次ぎ、最終的に岩殿城主小山田信茂の裏切りにより自決に追い込まれます。その時、大善寺に居た勝頼の叔母理慶尼は一連の出来事をまとめており武田滅亡記として大善寺の寺宝となっています。

現在の大善寺本堂(薬師堂)は正応4年(1291)に建てられたもので単層寄棟、檜皮葺、桁行5間、梁間5間、山梨県内最古の寺院建築で、鎌倉時代に建てられた典型的な和様建築の遺構として極めて貴重な事から昭和30年(1955)に国宝に指定されています。山門は元禄17年(1704)に造営されたもので、入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚二重楼門、棟梁は土橋文蔵茂祇、江戸時代中期の楼門建築の遺構として貴重な事から平成14年(2002)に山梨県指定文化財に指定されています。甲斐百八霊場18番霊場。山号:柏尾山。宗派:真言宗智山派。本尊:薬師如来。

大善寺の文化財
・ 大善寺本堂(薬師堂)附:厨子1基−弘安9年−国宝
・ 木造薬師如来及び両脇侍像−平安時代−国指定重要文化財
・ 木造十二神将立像−嘉禄3年−国指定重要文化財
・ 日光月光菩薩−鎌倉時代−国指定重要文化財
・ 木造役行者倚像−鎌倉時代−山梨県指定有形文化財
・ 鰐口−徳治2年−山梨県指定有形文化財
・ 大善寺金銅金具装山伏板笈−室町時代−山梨県指定有形文化財
・ 大善寺文書(73通)−平安〜安土桃山時代−山梨県指定有形文化財
・ 大善寺中世墓出土陶器−山梨県指定有形文化財
・ 大善寺庭園−寛永年間−山梨県指定名勝
・ 太刀−室町時代−山梨県指定有形文化財
・ 山門−三間一戸、八脚二重楼門−山梨県指定文化財

大善寺:写真

大善寺
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