大井夫人

  山梨県:歴史・観光・見所(ホーム)>長禅寺(甲府市)
【 菩提者 】 長禅寺(甲府市)の菩提者である大井夫人は明応6年(1497)に大井信達の娘として生まれ、永正14年(1517)頃に武田信虎(武田家18代当主)の正室となりました。信虎の時代には甲斐守護職といっても、各地に有力国人領主が割拠し、大井氏も駿河の今川氏と通じる動きを度々見せた為、大井氏の勢力を武田家に取り込む為に政略的結婚が行われたと思われます。信虎との仲は比較的良好だったとみられ武田信玄・信繁・信廉・定恵院の4人の子供を儲け、特に信玄は戦が激しく要害城に退去していた最中に出産したと伝えられています。教育も熱心だったとされ長禅寺に名僧として知られた岐秀元伯を招き信玄に様々な事を学ばせ、その影響からか、天文17年(1548)の上田原の戦いで信玄が大敗した後も無意味な抵抗を続けた為、唯一助言出来た大井夫人が説き伏せ、ようやく甲斐へ退いたとしています。天保10年(1541)に嫡男である晴信(後の武田信玄)に信虎が追放されましたが、大井夫人は信虎に従わず甲斐に留まり晴信を精神的な支えとなっています。仏教に篤く帰依し向嶽寺大善寺へ寄進が行われ、大井氏の菩提寺である長禅寺を庇護しています。天文21年(1552)に死去、享年56歳、はじめは大井氏の本拠である巨摩郡大井郷の長禅寺(古長禅寺)に葬られましたが、その後、武田信玄が躑躅ヶ崎館(武田氏館:山梨県甲府市)の城下にも長禅寺を創建した為に当寺の境内にも墓碑が建立されています。

長禅寺は甲府五山(東光寺・能成寺・長禅寺円光院法泉寺)に選定され寺運が隆盛しました。

【 寺  号 】 長禅寺
【 所在地 】 山梨県甲府市愛宕町
【 創建年 】 中興開山:正和5年(1316)
【 開  山 】 中興開山:夢窓疎石
【 開  基 】
【 山  号 】 瑞雲山
【 宗  派 】 臨済宗妙心寺派
【 本  尊 】 釈迦如来
【 備  考 】 絹本著色武田信虎夫人像(国指定重要文化財)
大井夫人の霊廟
山梨県大名菩提寺
三条夫人武田信虎大井夫人武田義信・諏訪頼重武田信親武田信武・武田勝頼飯富家・山県家屋代勝永源清光武田信重武田信義円井家・山本勘助小山田家小山田家・鳥居家・秋元家養珠院武田信治武田信玄武田信満武田信成武田勝頼武田信昌加藤景忠
※ 文章や画像のコピーは御遠慮ください。御理解の程よろしくお願いします。