甲府市: 穴切大神社

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穴切大神社・歴史・観光・見所
穴切大神社(甲府市)概要: 穴切大神社の創建は和銅年間(708〜715年)、当時の甲斐国主が大己貴命の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。当時の甲斐国は大半が湖面のように水没していたとされ、それを見た当時の国司が朝廷に上申、受け入れられると南の丘陵に大きな穴を切り出す大掛かりな疎水工事が行われ、工事の安全と完成を大己貴命(蹴裂明神)に祈願、願いが成就すると多くの良田が開発され朝廷への貢物も3倍になったそうです。山に穴を開けそこから湖水を排水した事が工事の成功の最大の要因になった事から、朝廷から「穴切大神」の称号を賜り、以後、甲斐国鎮護の神として祭祀されるようになったと伝えられています。又、一説には盆地の湖水を落としたのは蹴裂明神が山を蹴り飛ばし、穴切明神が山に穴を開け、瀬立不動が疎水を設けて水捌け工事を行い開発に尽力した為、上記の3神が祀られるようになったとの説もあります。当初は黒戸奈神社と称したとされ、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳で式内社として記載された「山梨郡黒戸奈神社」は当社の事とも云われています。武田家が滅亡し甲府城が築かれると境内近くの門の名称が甲府城坤方の御門や穴切御門などと呼ばれ信仰の対象となり歴代城主(甲府勤番)や家臣達からも崇敬庇護され社領5石7斗(江戸時代は5石2升)が安堵され、明治5年(1872)に郷社に列しました。現在の本殿は桃山時代に建てられたと推定される建物で、一間社流造、檜皮葺。木鼻、蟇股、懸魚、彩色などに桃山時代の特徴が表れている貴重な神社本殿建築の遺構として昭和10年(1935)に国指定重要文化財に指定されています。正面の随神門は寛政6年(1794)に建てられたもので、三間一戸、楼門形式、入母屋、銅板葺。棟梁は下山流竹下源蔵、彫刻は立川流和四郎富棟、江戸時代後期に建てられた楼門建築の秀作として評価が高く平成13年(2001)に甲府市指定有形文化財に指定されています。祭神:大己貴命、少彦名命、素戔鳴命。例祭:4月19日。

穴切大神社の文化財
 ・ 本殿(附:棟札3枚)−桃山時代−一間社流造、檜皮葺−国指定重要文化財
 ・ 楼門(附:棟札3枚)−寛政6年−三間一戸、楼門形式−甲府市指定文化財

穴切大神社
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